"オレンジとレモン"


イギリスの伝承童謡マザーグースの一篇 "オレンジとレモン"。
ロンドンの鐘の名前を順番に歌いながら、"ロンドン橋落ちた" や "通りゃんせ" のような遊びをする、イギリスでは誰もが知る歌です。
小説や映画の中で引用されることも多く、有名なのはジョージ・オーウェルの「1984年」ですが、私が初めて "オレンジとレモン" の歌を知ったのは、P. L. トラヴァースの「メアリー・ポピンズ」でした。
シリーズ3冊目『とびらをあけるメアリー・ポピンズ』の中のエピソード「トイグリーさんの願いごと」で、ジェインが好きだと言う "オレンジとレモン" (ちなみにマイケルは "ロンドン橋が落ちる" をあげています)。明るく爽やかなタイトルのその歌が、ギョッとするような歌詞で終わると知ったのは、それから更にずっと後のことでした。

以下に原詞と谷川俊太郎による訳詞、小鳩くるみさんによる歌唱音源をあげておきます。

『"Oranges and Lemons" (原詞)

Oranges and lemons,
Say the bells of St. Clement's.

You owe me five farthings,
Say the bells of St. Martin's.

When will you pay me?
Say the bells of Old Bailey.

When I grow rich,
Say the bells of Shoreditch.

When will that be?
Say the bells of Stepney.

I'm sure I don't know,
Says the great bell at Bow.

Here comes a candle to light you to bed,
Here comes a chopper to chop off your head.』


『"オレンジとレモン" (訳:谷川俊太郎)

オレンジとレモン セント・クレメントのかねはいう

おまえにゃ5ファージングのかしがある セント・マーティンのかねはいう

いつになったらかえすのかね? オールド・ベイリーのかねはいう

おかねもちになってから ショアディッチのかねはいう

それはいったいいつのこと? ステプニーのかねはいう

わたしにゃけんとうもつかないね バウのおおきなかねはいう

さあ ろうそくだ ベッドにつれてくぞ
さあ まさかりだ くびちょんぎるぞ』



ちなみにこの歌唱音源、監修の鷲津名都江(わしづ なつえ)さんと歌っている童謡歌手の小鳩くるみさんは同一人物。小鳩くるみさんは、イギリス文学及び児童文学の研究者で、日本のマザーグース研究の第一人者でもあったのですね。

登場する鐘の数については、14個や16個など幾つかのパターンがあり、例えば日本で本格的にマザーグースを紹介した草分け的存在(断片的には竹久夢二などが既に紹介していました)、北原白秋の「まざあ・ぐうす」では14個バージョンを採用しています。が、現在では6個が一般的なよう。
唐突に出て来て『くびちょんぎるぞ』と物騒なことを言っているのは首斬り役人で、その昔、教会の鐘が公開処刑を知らせる合図だったことから、この歌詞が出来たとも言われています。

日本では "ロンドン橋…" に比べて "オレンジとレモン" が、ほとんど普及しなかったのは、このラストの歌詞ゆえかもしれません。本邦の"通りゃんせ"もなかなかに不穏な雰囲気ではありますが、そちらはあくまでも意味深長な気配のみ。"ロンドン橋…" のほうは、今や日本でも "通りゃんせ" を凌ぐ勢いで浸透しているのを見ても、子どもの遊びで明確に死を連想させるのは馴染まなかったのではないでしょうか。
本場イギリスでは逆に "ロンドン橋…"よりも、市内の鐘づくしになっている "オレンジとレモン" のほうがポピュラーだという話もあり、その辺り文化の違いが垣間見えて面白いと思います。

遊び方は、まずアーチを作る二人のうちの一人をオレンジ、もう一人をレモンとします。
そして、"ロンドン橋落ちた" の要領で『くびちょんぎるぞ(chop off your head)!』の部分で一列になって通っていく子の一人を捕まえます。捕まった子は列を抜けてアーチの後ろに並びますが、その際、自分がオレンジになるかレモンになるかを決めて、アーチの二人にだけ内緒でそれを教えておきます。そして、最後の一人が捕まった時に人数が多かったほうが勝ち。
あるいは、オレンジを選んだ子はオレンジのアーチの後ろに、レモンを選んだ子はレモンのアーチの後ろに並び、最後にオレンジとレモンで綱引きのように引っ張りっこして、どちらが勝つか、という遊び方もあったようです。
この後に紹介する絵の多くで、アーチを作っている二人の後ろに列が出来ていて、おそらくそこが "ロンドン橋落ちた"とは違う、この遊びの特徴なのかなと思っていたのですが、なるほどこういうことだったのですね。

では、いよいよ本題。様々な画家による様々な "オレンジとレモン" です。


ウォルター・クレイン
(Walter Crane 1845-1915)

ケイト・グリーナウェイ
(Kate Greenaway 1846-1901)

レナード・レスリー・ブルック
(Leonard Leslie Brooke 1862-1940)
"オレンジとレモン"で遊んでいるのは、人間の子どもではなく、妖精たち

アン・アンダーソン
(Anne Anderson 1874-1952)

チャールズ・フォルカード
(Charles Folkard 1878-1963)

ドロシー・フランシス・ヒルトン
(Dorothy Frances Hilton 1880-1973)
※ドロシー・ヒルトンについては、こちらの記事に詳しくまとめています

リリアン・エミー・ゴーヴェイ
(Lilian Amy Govey 1886-1974)

マーガレット・タラント
(Margaret Tarrant 1888-1959)

イダ・レントール・アウスウェイト
(Ida Rentoul Outhwaite 1888-1960)

ヘンリエッテ・ウィルビーク・ル・メール
(Henriette Willebeek LeMair 1889-1966)

ヘンリエッテ・ウィルビーク・ル・メール ?

ドロシー・ミュリエル・ウィーラー
(Dorothy Muriel Wheeler 1891-1966)

ジェニー・ハーバー
(Jennie Harbour 1893-1959)

フィリス・クーパー
(Phyllis Cooper 1894 or 1895 -1988?)

作者不詳


以前、ブログにあげた"ジャックと豆の木"や時々あげているピーターラビットもそうですが、同じテーマで描いた複数の画家の作品を並べてみると、それぞれの個性が際立って面白いです。
"オレンジとレモン"についても、更に紹介したい絵などがありましたら、また追記しますね。


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