貝殻の妖精たち
オーストラリアのイラストレーター、イダ・レントール・アウスウェイト(Ida Rentoul Outhwaite, 1888-1960)。
オーストラリアの自然を背景に繊細な画風で描かれた妖精たちのイラストは、没後65年近く経った今でも多くの人々に愛されています。
ネット上でも、ちょっと検索すれば沢山の作品が出てきますが、その中でも特に人気で、よく見かけるイラストの数々…上にあげた貝のベッドで眠る妖精も、そのうちのひとつではないでしょうか。
実はこれ元々は、シェル石油でおなじみのシェル社(Royal Dutch Shell)の子会社である‘The British Imperial Oil Company(現・Shell Australia)’の宣伝用に描かれたイラストでした。宣伝用といってもポスターや雑誌広告ではなく、媒体は子どものための絵本。16ページほどの冊子に、短いお話とこの冊子のために描きおろされたカラーイラストが6枚、更にモノクロのイラストも数点入った、かなり凝ったものです。
当時、すでに著名なイラストレーターだったイダ・レントール・アウスウェイトを起用してのこの様な企画が実現したのは、The British Imperial Oil Companyがイダの地元メルボルンにあったからこそでしょう。
宣伝用に出版され、オーストラリアのほかニュージーランドでも配布されたらしい絵本は2種類。"The Fairy Story That Came True"と"The Sentry and the Shell Fairy"のタイトルがつけられています。
先に出版されたのは"The Fairy Story…"のほうで、1921~1922年頃。その後1923~1924年頃に"The Sentry and…"が出版されました。広告用の冊子ということもあり、正確な発行年はわからないようですが、その2冊とも幾度か増刷されており、それぞれ僅かに違いのある版が確認されています。
物語については、"The Sentry and…"のほうは George W. Martin 作となっていますが、"The Fairy Story…"のほうは不明です。
"The Fairy Story That Came True"
"The Fairy Story That Came True"は、貝の妖精の女王が、世界中を目にもとまらぬ速さで移動できる魔法の液体“Spirit of Speed”を見つけるというストーリー。
彼らが貝の妖精と呼ばれるのは、貝の中に住んでいるからなのですが、これは勿論シェル社(Royal Dutch Shell)の shell(貝)から来ており、“Spirit of Speed”はシェル社のガソリンの最初のブランド“Shell motor spirit”を指しています。
物語の中で“Spirit of Speed”は一度地の底に封印されてしまいますが、時を経て再び発見されます。「今や我々も、その素晴らしい魔法の液体を手に入れることができますよ、そのことをパパに教えてあげてくださいね」と、本来の目的(=商品の宣伝)を果たして物語は終わります。
“Spirit of Speed”が発見されたスマトラ島が、どこにあるかを示すイラスト
"The Sentry and the Shell Fairy"
"The Sentry and the Shell Fairy"の舞台はエジプト。ピラミッド建設を貝の妖精たちが手助けした話です。
巨大な建造物を建てる作業は思うように進まず、このままでは計画が頓挫する懸念が生まれた時。貝の妖精が現れて解決を約束します。
妖精たちは何百もの貝殻を海の向こうから持ってきた美しいオイルで満たし、夜になると手に手にそれを持って建設現場へと向かいました。そして、作業場で使われていた道具のすべてにそのオイルを塗ると、それ以降の作業は驚くほどスピードアップし、トラブルもなくなり、予定通りに完成させることができたということです。
その後、今回のお話でもまた、魔法のオイルは一度失われますが、それに相応しい国(=オーストラリアとニュージーランド)が見つかったため、再びその素晴らしい秘密がもたらされたと語られています。そして、それはあらゆる機械──殊に自動車のエンジンには必要なものですが、あなたのお父さんは、貝の妖精が使う貴重なオイルと同じものが買えることを知らないかもしれない。なので次回車に乗る時には、ぜひ教えてあげてくださいね、と結ばれています。
(このページのみ、イダ・レントール・アウスウェイトのイラストではないものが使用されており、版によって違うものが差し込まれています)
ちなみに現在のオーストラリアでは、広告で子どもに直接呼びかけたり、親に商品の購入を勧めるよう指示することは認められていません。そのため、これらの冊子は、有名画家が手掛けた珍しい仕事というだけでなく、当時の広告を知る資料ともなっています。
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